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神経の病気

犬の椎間板ヘルニア

椎間板ヘルニアは、犬で最も多い脊髄疾患です。脊髄は椎体と呼ばれる骨のトンネルの中を通っており、椎間板は椎体と椎体の間にあり、動物が体を動かすときにクッションの役割を担っています。この椎間板が飛び出すことで、脊髄を圧迫し、疼痛や麻痺などが起こる病気が椎間板ヘルニアです。一般的に、急性の椎間板ヘルニアは、ダックスフントなどの軟骨異栄養性犬種で多く発症します。元気で活発な若齢〜中齢の犬で多く発症しますが、高齢の動物でも発症することがあります。頸部で発症することもありますが、胸腰部での発症が多く見られます。猫でも椎間板ヘルニアが起こりますが、非常にまれです。

なぜ椎間板ヘルニアになるの?

椎間板は、髄核線維輪からなります。髄核は、コラーゲンやグリコサミノグリカンなどの成分からなり、通常はゼリー状のみずみずしい構造をしています。ダックスフントなどの軟骨異栄養性犬種では、比較的若い年齢(早ければ生後数ヶ月齢)で変性といい性質が変わりやすくなることが知られています。このように硬くなった髄核が、周囲の線維輪を突き破り、脊髄を圧迫します。特にダックスフントなどの一部の犬種では、椎間板の性質や構造の違いにより、ヘルニアを起こしやすいとされています。過度な運動や肥満が原因と思われがちですが、必ずしもそれだけではありません。ダックスフントなどの、椎間板の変性を起こしやすい犬種では、安静や運動制限を行っていても突然発症してしまうこともあります。椎間板の性質と生活や環境要因(過度な運動など)などが合わさって発症すると考えられます。



ヘルニアが起こるとどうなるの?

椎間板が飛び出ると、髄膜(脊髄を覆う膜)や脊髄から出る神経根が刺激され、疼痛が起こります。そのほかに、圧迫受けた部位の脊髄に血液や栄養が送られなくなったり(虚血)、浮腫、炎症、出血などが起こります。また、椎間板が飛び出たときの強い衝撃で、機械的な障害を受けることもあります。このような要因により、痛みや、麻痺、排尿障害などが生じます。頸部で起こると、疼痛や四肢(前肢と後肢)の麻痺などが見られ、胸腰部で起こると、疼痛のほかに後肢の麻痺や排尿障害が見られることがあります。物理的な圧迫が強い方が、麻痺などの症状強く見られることが一般的ですが、脊髄の障害は圧迫以外にも、前述のような様々な要因で生じるため、圧迫が軽度でも症状が重度に見られることもあります。


椎間板ヘルニアの種類

椎間板物質が飛び出て脊髄を圧迫するのが椎間板ヘルニアですが、様々な種類があります。急に椎間板の髄核が飛び出る、急性の椎間板ヘルニア(Hansen TypeⅠ)が最も一般的ですが、徐々に椎間板の線維輪が肥厚して脊髄を圧迫する慢性の椎間板ヘルニア(Hansen TypeⅡ)もあります。また、まれではありますが、飛び出た椎間板が飛び散ってしまい、物理的な圧迫を伴わない椎間板ヘルニア(non-compressive nucleus extrusion/ Type Ⅲと呼ばれます)もあります。このような椎間板ヘルニアでは、物理的な圧迫は問題とならないものの、飛び出た椎間板物質が脊髄と衝突した時の衝撃により脊髄の損傷を受けます。椎間板ヘルニアといっても様々な種類があるため、ヘルニアの種類や症状によって治療の選択や予後が大きく異なります。



重症度(グレード分類)と治療成績

椎間板ヘルニアに限らず、脊髄障害を起こした動物に対して重症度を評価するグレード分類があります。
一般的に胸腰髄の脊髄障害の場合、以下のようなグレードに分け、治療方針の選択や予後の評価を行います。


*全麻痺:足をまったく動かせない状態(少し動かせる状態を不全麻痺と呼びます)
*深部痛覚消失:鉗子などで足を強くつまんでも反応がない状態
*随意排尿消失:自分でまったく排尿ができず、尿意も感じない状態


グレードが上がるにつれて、脊髄の障害はより重度と判断されます。グレード3以上の症例では、内科治療と比較し、手術の方が回復率(起立歩行が可能になる割合)が高く、より早期に回復することが分かっています。特に、グレード5の重症例では、早急な治療が必要になり、残念ながら手術を行っても回復できないことも少なくありません。グレード5の場合、一般的に深部痛覚が消失してから48時間以内の手術が推奨されています。





診断方法

画像診断が必要となります。動物の画像診断は、レントゲン、脊髄造影検査、CT検査、MRI検査などがあり、椎間板ヘルニアなどの脊髄の病気の検出にはMRI検査が最も優れています。MRI検査以外の検査は不要かというと、そうではありません。麻酔をかけずに実施できる、レントゲン検査で明らかな病気(椎体の骨折、椎間板脊椎炎、椎体腫瘍など)がないかを予め確認することも必要です。MRI検査がすぐに行えない場合は、脊髄造影検査(レントゲンを用いた検査)や、CT検査を実施することもあります。椎間板ヘルニアであれば、脊髄造影検査やCT検査で診断可能な場合が多いですが、その他の脊髄の病気の検出や脊髄の状態の評価が難しくなります。また、高齢動物などでは症状とは関係なく偶発的に椎間板ヘルニア見つかることもあります。椎間板ヘルニアだと思って治療を受けたにも関わらず改善が見られず、実は他に病気が隠れていた…などということも少なくありません。可能であればMRI検査による正確な診断が望ましいです。


治療方法

お薬や安静などによる内科治療(保存療法)と外科治療(手術)の2つの選択肢があります。


内科治療
急性の椎間板ヘルニアの場合、椎間板中心部の髄核と呼ばれる物質が、周りの繊維輪を突き破り、脊髄の方に飛び出します。発症後しばらくは、残っている髄核組織が、破けた線維輪を通じてまた飛び出してしまい、突然症状が悪化することがあります。破れた線維輪が修復され安定するまで、約4週間〜6週間の安静が必要となります。安静といっても動物にとってはとても難しいです。人間の場合、しばらくベッドに横になることは簡単ですが、動物の場合は痛みが少しでも落ち着いてくると活発に動こうとします。狭いゲージに閉じ込めることは動物にとってもストレスですが、走り回ったり、ジャンプができないような狭い空間で行動制限することが理想的です。また、必要に応じて消炎剤や鎮痛薬を使用します。


外科治療
一般的に、麻痺が重度(グレード3以上)、圧迫が重度、内科治療で反応がない場合に手術を検討します。グレード1やグレード2でも、圧迫が重度で、内科治療で痛みやふらつきが治らない場合は、手術を行うことがあります。片側椎弓切除術と呼ばれる手術方法が最もよく選択されます。椎弓と呼ばれる椎体の屋根の一部分を切除し、飛び出した椎間板を摘出し、脊髄の圧迫を解除します。ヘルニアの種類や圧迫の仕方などにより、それぞれの症例に適した術式の選択が必要となります。手術の方法については、改めてご紹介する予定です。


最後に…

治療がうまくいくためには、適切な診断を行うことと、適切なタイミングで適切な治療を行うことが重要です。椎間板ヘルニアについての正しい知識をもって頂くことで、少しでも多くの動物たちが正しい治療を受け、また元気に走り回れるようになることを願っています。